| 投稿時間:2003/08/23(Sat) 17:37 投稿者名:Mog Ur Eメール: URL : タイトル:Bill Wilson Bill Wilsonという人の聖会に参加して感じたことをかきます。 |
| 投稿時間:2003/08/26(Tue)
20:49 投稿者名:芳言 Eメール: URL : タイトル:Re: Bill Wilson 8/24付けMSで牧師がかかれてることは、初日午前中で語られたことなんでせうか?あと、「教会成長研修所」って、いかなる団体なんだ?? |
| 投稿時間:2003/08/29(Fri) 04:09 投稿者名:Mog Ur Eメール: URL : タイトル:Re^2: Bill Wilson > 8/24付けMSで牧師がかかれてることは、初日午前中で語られたことなんでせうか?あと、「教会成長研修所」って、いかなる団体なんだ?? |
| 投稿時間:2003/08/29(Fri)
17:58 投稿者名:牧師 Eメール: URL : タイトル:Re^3: Bill Wilson 牧師です。 |
| 投稿時間:2003/08/29(Fri)
21:32 投稿者名:芳言 Eメール: URL : タイトル:Re^4: Bill Wilson なるほど、よーく分かりました。牧師が書かれたように、確かに、システム的な学びの範疇に囚われすぎると、遊びがきかなくなる。マニュアル化しすぎることによってその内容以外のことにまで手が出されなくなってしまう。「ブレークスルーは生まれないでしょう。」という牧師の言葉は首肯できますな。 |
| 投稿時間:2003/08/30(Sat) 06:36 投稿者名:Mog Ur Eメール: URL : タイトル:Re^5: Bill Wilson ビル・ウイルソンのすごかったのは、実際に私の目にイエスの傷を見せ、私の手をその傷の中に入れてしまったこと。おどろおどろしくえぐいその傷を見、手を触れてしまった者にどんな選択肢があるのだろう?「牧会」というのは、キリストから信徒を預かることではなく、キリストとして自分の傷の内に信徒を抱きすくめることではないのか?自分に委ねられた数多の命、その一つ一つにキリストの傷が見える、だからその傷に手を伸ばし、その中に手を入れる。。。のでなければ、幼稚園の先生ごっこをしている幼児か、よくってもただのベビーシッターでしかない。ベビーシッターであれば、確かにマニュアルが必要だろう。所詮、年端もいかぬ子供のことだから、いざとなったら携帯で保護者を呼びなさいときつく言っておかねば、下手をすれば子供を大変危険な目に合わせるかもしれない。 |
| 投稿時間:2003/08/30(Sat)
10:14 投稿者名:牧師 Eメール: URL : タイトル:Re^6: Bill Wilson 牧師です。 |
| 投稿時間:2003/08/31(Sun)
20:06 投稿者名:芳言 Eメール: URL : タイトル:Re^7: Bill Wilson 確かに、立てられている牧師の皆様が、「私の子、私の羊という自覚」を持つち牧会していくのなら、後退・退行でも、停滞でもなく成長するのかもしれませんね。師の書き込みを見て、随分と以前に聞いた聖書の話−100匹の内、失われた一匹の羊を探し回った羊飼いの話を想起しましたよ。Bill Wilsonの聖会に参加された方々の今後との働きに期待します。 |
| 投稿時間:2003/09/01(Mon) 07:31 投稿者名:Mog Ur Eメール: URL : タイトル:Re^8: Bill Wilson ビル・ウイルソンのような人が、仮に、もし、「裁かない、裁かれない」と言ったとしたら、すごいインパクトをもって受け取られることだろうと思います。でも彼はきっとそんな言葉は口にすることはないだろうと思います。講演を聴く限り、彼はずっと「裁かれ」てきたみたいだけれど、彼の心の中に浮かんでくる思いは、「彼らにはわからないのか」というもの。ヨーダの言葉に、「やるかさもなければやらないかのどちらかだ。「やってみる」なんてないんだ(Do or do not. There's no "try."」というのがありますが、自分の目の前に必要が見えた時、何かをするか、何もしないかのどちらかしかない。しっかり噛み締めて歩いていきたいと思っています。 |