「当事者意識」
牧師 今井直喜
先日、裁判員による初めての裁判が行われました。マスコミも注目していて、NHKなどは同時進行とかいって、いちいち中継していました。どこも歴史的な一日と報じていました。市民が裁判に参加するということについては、現在でも賛否両論です。この日も裁判員制度の反対のデモ行進がなされていました。市民が裁判に参加することについては、日本では明治のころから議論がなされてきたそうです。裁きというとどうしてもお上がすることという意識が抜けない日本人にとって、意識の変革を迫るものとなるでしょう。今までは専門家に任せておけばよいという風潮がありましたが、少なくとも丸投げすることには問題があるというふうになっています。司法制度についても、どうなるのかという第3者的な見方ではなくて、どうするのかという当事者意識をもって、よりより制度にしていくことが必要だと感じました。
聖書にこんな言葉があります。「心を尽くして主に信頼し、自分の分別には頼らず、常に主を覚えてあなたの道を歩け。そうすれば/主はあなたの道筋をまっすぐにしてくださる。」
自分の人生についても、しっかりと当事者意識を持つようになりましょう。つまり、誰かがあなたのために何かをしてくれるのを待っているのではなく、自分ができることを考えて行動しましょう。他人任せや世間任せでは、どこに連れて行かれるかわかりません。気がついたらとんでもないことになりかねません。そのような歩みをしていると、思った通りにいかない時、人のせいにしたり、後悔したりしてしまうのです。
当事者意識を持って、自分の人生を歩むためには、自分が何をしたいのかちゃんと見極める必要があります。聖書の神は幸いなことに、ああせい、こうせいと命令するのではなくて、どうしたいのかと聞いてくださる神です。人の真似ではなく、また、誰かが敷いてくれたレールでもなく、あなた自身の道をしっかりと歩む者となりましょう。そのような歩みに大切なことは、神との対話を通して、自分の道を見出していくことです。一度きりの人生を一日一日大切に歩んで参りましょう!


