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NO.3

日本的教育観

矢部姉:

息子と娘が聾学校をやめた時の話ですが、学校から、聞こえないのだから聾学校で勉強しないと困るよ、出たらいじめに遭うよ、とか言われました。
 でも、聞こえない人も、聞こえる人たちが圧倒的に多い社会で生きていくのですから、[聞こえる社会の中で]聞こえない人間として大人になり、聞こえない人間として生きていくには、アイデンティティをしっかり持って自立することが大切だと思うのです。そのためには、幼い頃から聞こえる社会での交流を大いにしなければならないと思ったのです。

鷲:私の姉も義兄も小学校の教師をしてるんですけど、彼らの話を聞いていても、今の日本の教育は逆の方向に走っているようですね。障害を持つ子はそういう学校に行く方が本人のためだという考え方が支配的みたいですね。でもそういう分離をしちゃうと、結局、学校が、どちらの学校もいびつになっちゃいますよね。障害を持つ子供達はそういう子達だけで集め、健常者は健常者たちだけで集めちゃう。そうすると両者が交わるっていう場が作られない。両者が互いに相手から学ぶという機会が奪われてしまうということになってしまう。

矢部姉:ええ。特に、幼児期は聞こえる子どもたちとの交流が大切だと思います。でも、インテグレーション*に失敗したら大変だと、する前からマイナス指向で障害を示されると、これも教育なのかなと疑問を持ちました。息子は、アトランタに行くまで聾学校にずっといました。私は、息子の学びに悲しさを覚え、日々神様に泣きながら祈り続けました。

*インテグレーション(統合教育)に関する矢部姉の補足

インテグレーション(統合教育)によって、幼い頃から聞こえる子どもたちと過ごしてきた子は、自分が聞こえない人間として自立していかなければならないということを体験する機会が多いと思います。事実、聞こえる社会で活躍する聾唖者の方々で、遅くても小学校卒業を目処に聾学校を離れて普通学級で学ばれた方々の活躍ぶりには頼もしいものを感じます。けれども、(同時に)幼少時期の専門的早期教育は欠かすことはできなく、とても重要だとも思います。

幼い頃から聞こえる世界を体験し、聞こえない人間としての自信を得て、自分に合った高校や大学を選択される人もいます。アイデンティティがそこに生まれていくのでしょう。

もちろん、インテグレーションは単純なものではありませんから、幼い頃から聞こえない人間なのに聞こえる社会のコミュニケーションしか知らず、手話もよくわからず、難聴者の文化に触れないで、自分が所属する世界が曖昧のまま、大人の難聴者になってしまうという問題もあるようです。

そういう意味では、聞こえる世界と良い関係を保ちつつ、いかに難聴者としての健全なアイデンティティを育てるかが、重要な課題になってくるような気がします。

日本の聾学校の一つの現実〜セインツ(聖学院アトランタ校)へ

矢部姉:娘は幼稚部2年の時、私の病を機にインテグレーションをしました。実は聾学校をやめる前が大変で病になったわけですが、このやめる時もこれまた大変でした。学校からは、絶対に「出てはいけない」「やめてはいけない」「もうこの子の人生終わりです」って言われました。親の意見だけではいっこうにやめさせていただけないので、区の教育委員会に仲介に入っていただき、交渉すること約2ヶ月あまり、やっと転校が決まりました。

娘は、地元の小学校に行き、インテグレーションの環境に恵まれました。当時、帰宅後はすぐ、数人の友だちと遊びに出て、戻ってくるのは日没でした。アトランタに出発する当日も友だちが我家にお泊りするほど、いつも娘の友だち数人が我家を出たり入ったりしていました。その頃、息子は聾学校の小学校4年生。9歳にしては、妹の友だちに振り回されて遊ぶような感じで、幼さを感じざるを得ませんでした。

私はインテグレーションのチャンスを神様に祈り求めていました。ちょうど、主人が仕事でアトランタに行くことになり、そこには東京にある聖学院のアトランタ校、セインツがありました。

セインツでの学校生活については、「アトランタの風が聴こえる〜兄妹が出会った愛と希望の共育〜」をお読みください。
写真提供:聖学院アトランタ・インターナショナル・スクール

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